つくってきたことたち 耳編
Tue, Feb 18, 2020PM 11:58:42
先日、近々引越しを控えたお向かいの会社さんから、父は古いストーブをもらったらしく、台車に埃まみれの大きなそれを乗せてホクホク顔で戻ってきた。
雨ざらしとまではいっていないものの、数年屋外に放置されていたのを、私は知っている。
単に埃をかぶったというレベルではない、風化の一途を辿った、赤いランプが点滅している、まさに瀕死のストーブだ。
しかし、軸から吸い上げた灯油に着火するシンプルな機構故、
マッチ等で軸めがけて直点けし、難無く黒煙をあげ、ススを燃焼し切ったのち、めでたく小さな火祭りの宴が催される事が容易く想像できる。
外で会社さんとのやりとりが聞こえる。
− 点くかどうかわからないですけど
点いちゃうと思います、と思います。
————–
私がピアノを始めたのは8歳の時だ。
きっかけは、もらったからだ。
埼玉の茶色い景色を進んで、自宅にそれを運んだ。
音が出ないのだ。
箱の中から、かすかに聞こえる。
閉じ込められた音を一所懸命に、聞く。
ファンタジー要素増増だが、そんな毒素なしの純粋無垢な少年は、必死だ。
技術的な成長は、当然見込めない。
だって聞こえねえんだもの。
指で鍵盤を叩く音にオタマジャクシたちは箱の中でビクついているんだから。
しかし、閉じ込められた音と共に過ごした第一次スポンジ期の数年間で(新しいピアノを買ってもらうまで)、
それは、私の耳を作ってくれた。
ここから、もらったり、直したり、作ったり、壊したり、が始まったのだ。
–続く