携帯について

とある某橋の上から通話状態のそれを、川に投げ捨てたことがある。

理由は、その時通話をしていた人物との会話の中で、携帯電話とはやはり悪だったのだ!と判断したからだ。

齢20か21くらいだったであろう。

おまえ、まーたその話か。と言う人もいるだろう。しばしば私はプチイベント的に語ったり、していた。

ようやく、「これでやっと世界と繋がれたのだ!」と肩で風を切りつつ、陶酔しながら、刹那、呪文のように心の中で「いかん」と唱えるのだ。

「パカパカ」携帯が竹とんぼのようにくるくると(開いていたので)回転しながら着水したのを記憶している。(手摺から着水を見届けている。手を放したら足を止めずそのまま橋を渡りきるのができる男であろう。)

上記と同様のことをあと一、二回ほどして、今に至る。

 

 

私はこれはただの「ガラケーおこだわり話」「脱テック論」として矮小化しないようにしている。

 

我々トランシーバー世代にとって携帯電話、ないしこの手のコミュニケーションツールは

当人をざわつかせたり思い巡らせたり器用不器用が露呈する、諸刃の剣なのだ。

俺の携帯電話よ、あと30年もってくれ…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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